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製造業をとりまく環境は、地政学リスク、ESGやサステナビリティへの関心の高まりなどさまざまな外的要因がサプライチェーンに影響を及ぼしています。
このような経営状況下において企業が生き残っていくためには、今までにない業務の在り方を長期的かつ俯瞰的な視野に基づいて検討し、それを実現するための手段を計画に落とし込み、早急に実行に移すことが不可欠です。製造業における生産管理系ERPは、単なる業務効率化ツールから、製造業のデジタル変革やグローバル化、サステナビリティへの対応などを背景に、経営戦略の中核を担うプラットフォームへと進化しています。
2025年現在、以下のようなトレンドが注目されています。
1.クラウドERPの普及と2層ERP戦略の浸透
かつてはERPといえばオンプレミス(自社サーバー構築型)が主流でした。しかし、昨今のビジネス環境は、以下のように大きく変化しています。
・海外拠点の増加に伴うグローバル対応の必要性
・サプライチェーンの複雑化とスピード対応
・働き方改革・リモートワーク対応
・システムの老朽化と保守コストの増大
これらの課題に対応する形で、クラウド型ERPが注目されています。特に製造業では、IoTやAIなどの新技術と連携しやすい柔軟性が評価されています。
クラウドERPの導入状況は、2024年にはERPパッケージライセンス市場全体の6割を超えると予測されています。 特に、グループ企業内で異なるERPシステムを採用する「2層ERP」戦略が注目されています。これは、親会社と子会社で異なるERPを導入しつつ、全体のデータ連携や内部統制を強化するアプローチです。
■ 2層ERP戦略とは?
2層ERP戦略(Two-Tier ERP)とは、以下のように本社と拠点(子会社、海外工場など)で異なるERPを使い分けるアーキテクチャです。
Tier1(第一層):本社向けの大規模ERP
(例)SAP S/4HANA
https://www.sap.com/japan/products/erp/s4hana.html
Oracle ERP Cloud
https://www.oracle.com/jp/erp/
など
Tier2(第二層):拠点向けの中小規模ERP
(例)PRONES
https://www.fujitsu.com/jp/group/fjj/services/industry/manufacture/
Grandit
https://www.grandit.jp/
MCFrame
https://www.mcframe.com/
Dynamics 365
https://www.microsoft.com/ja-jp/dynamics-365
など
【2層ERP構成例】

これにより、全社的な統制と、現場に適した柔軟性の両立が可能になります。
日本の製造業が求める現場力と、経営層が求める全体最適を両立するには、国産クラウドERPの活用が大きな鍵を握るでしょう。
2.AIの統合による高度な分析と自動化
ERP(統合基幹業務システム)は、企業の会計・生産・販売・人事といったコア業務を一元管理する基盤です。一方で、近年急速に普及が進むAI(人工知能)は、膨大なデータからの予測や意思決定支援、業務自動化に力を発揮しています。
この二つを統合することで、単なる業務効率化を超えた「高度な分析」と「戦略的意思決定」が可能になります。
AI技術との融合により、ERPシステムは単なるデータ管理ツールから、予測分析や意思決定支援ツールへと進化しています。 例えば、需要予測、在庫最適化、品質管理などの分野でAIが活用され、業務の効率化と精度向上が図られています。
■ なぜERPとAIを統合するのか?
企業が日々の業務で蓄積するデータ──財務情報、在庫情報、販売実績、生産進捗、人材リソースなど──は、まさに宝の山です。しかし、従来のERPだけでは、“データの記録”に留まり、“未来を読む”ことは難しい側面がありました。
そこで注目されているのが、AIの分析・予測能力をERPに組み込むことで得られる、以下のような価値です。
・将来の需要をAIが予測し、生産計画に反映
・異常な在庫やコスト変動をリアルタイムで検出
・売上や利益のシナリオ分析を自動で実行
・定型業務(請求書処理・予算配分・仕訳)をAIが自動処理
■ 主な活用領域と効果
1.需要予測(Sales Forecasting)
過去の販売実績、季節性、地域性などを学習し、AIが将来の需要を高精度に予測。生産過剰や欠品リスクを削減。
2.在庫最適化(Inventory Optimization)
AIが在庫回転率・保管コスト・リードタイムを分析し、最適な発注タイミングと数量を自動提案。サプライチェーン全体の効率化にも直結。
3.原価管理・異常検知
製造原価の急騰、仕掛品の滞留など、異常値や傾向の“兆し”をAIがリアルタイムで察知。コストマネジメントがプロアクティブに。
4.財務分析とシナリオプランニング
複数の売上・コスト・投資条件をAIがシミュレーションし、将来のPL・BSへの影響を可視化。経営判断の精度を向上。
5.定型業務の自動化(AI × RPA)
ERP内で発生する繰り返し業務(例:支払い処理、債権照合、出荷報告)をAIが判断し、RPAと連携して自動実行。
■ 実際の事例・ツール連携
・PRONES + 製造業向けAIプラットフォームPRISM
生成AIの力で社内に散らばった技術情報を整理しBOMと共有。現場が瞬時に必要な情報を見つけられる環境を提供し、製造業のQCD改善や技能継承を実現。
https://mono-prism.jp/
・SAP Business AI
SAP S/4HANA Cloudでは、AIを用いた“異常検出”や“予測的会計”が可能に。例:支払遅延の予測や財務異常の検知。
https://www.sap.com/japan/products/artificial-intelligence.html
・Microsoft Dynamics 365 + Azure AI
自然言語入力によるレポート生成や、営業成績の予測分析が実装。ERP上のあらゆるデータにAIが分析をかけられる。
https://www.microsoft.com/ja-jp/dynamics-365/solutions/ai
・mcframe + AI-OCR + 機械学習エンジン(国産)
手書き帳票の読み取り、予実分析、設備異常の予兆検知にAIが使われており、現場とのリアルな連携が強み。
https://www.mcframe.com/approvsoft/nexway.html
これまでERPは「業務を記録・統制するツール」でしたが、AIとの統合により「業務を先読みし、最適化する“脳”」へと進化しつつあります。
特に経営のスピードが問われる現代において、ERP × AIは、業務効率化だけでなく、経営判断の高度化やリスク低減にも直結します。
3.ハイパーオートメーションの推進
AI、機械学習、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を組み合わせた「ハイパーオートメーション」が進行中です。 これにより、従来は自動化が難しかった業務プロセスも自動化され、コスト削減や業務効率化が実現されています。
ハイパーオートメーションは、以下の技術を統合的に活用して業務プロセスの自動化を深める考え方です。
・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)
定型的なパソコン業務の自動処理
・AI / 機械学習
需要予測、異常検知、画像認識など“判断”を伴う業務への適用
・iPaaS / API連携
異なるシステム間の連携・統合
・プロセスマイニング
業務のボトルネックや無駄を自動で可視化
・ローコード/ノーコードツール
現場部門主導でのアプリケーション構築
目的は単純です。
「自動化できるものは、すべて自動化する」
この思想が、コスト削減・品質向上・人材不足対応の観点から、多くの製造業で導入されつつあります。
■ 製造業における主な適用領域
1.生産管理業務の自動化
・生産実績データの自動収集とERPへの自動登録
・AIによる製造スケジューリングとリスケ対応
・MESと連携し、設備稼働率をリアルタイムに監視
2.調達・在庫管理の自動化
・購買依頼の承認ワークフローをAIで判断
・在庫の自動補充トリガー(需要予測×閾値設定)
・サプライヤー評価の自動化(納期、コスト、品質)
3.品質管理の自動化
・画像認識AIによる外観検査の自動化
・異常傾向の早期発見(IoT × 機械学習)
・品質レポートの自動生成
4.経理・総務など間接部門の自動化
・請求書のAI-OCR読み取りからERP登録までを自動化
・勤怠・経費精算のチェックをAIが自動判定
・文書処理(帳票、報告書、契約書)を自動分類・保管
製造業におけるハイパーオートメーションは、単なる省力化にとどまらず、経営スピード・品質・人材活用すべてを変える革新の鍵です。
中長期的に競争力を高めるために、まずは“自社のどこを自動化すべきか”を棚卸し、段階的に進めることが成功への近道です。
4.構成可能なERP(Composable ERP)の台頭
ビジネス環境の変化に迅速に対応するため、必要な機能を組み合わせて構築できる「構成可能なERP」が注目されています。 デジタル化が進む中、企業のビジネス環境は日々変化しています。急速な市場の変動、サプライチェーンの混乱、人手不足、顧客ニーズの多様化──このような変化に即応するためには、業務システムも“柔軟に進化できる”ことが求められます。
「構成可能なERP(Composable ERP)」は従来のモノリシック(=一枚岩)なERPとは異なり、必要な機能をモジュール単位で自由に組み合わせるアーキテクチャが、企業の俊敏性と変化対応力を大きく高めています。
これにより、企業は柔軟にシステムを再構成し、新たな課題や機会に対応することが可能となります。
■ Composable ERPとは何か?
構成可能なERPとは、以下のような特徴を持った“次世代型ERP”です。
従来型ERP(モノリシック) | 構成可能なERP(Composable) |
一体型の巨大な製品 | 機能ごとの独立したモジュール群 |
カスタマイズが重く高コスト | 柔軟な構成変更が可能 |
アップグレードが困難 | 機能単位での更新が可能 |
ベンダーロックインが強い | API連携で他システムと自由接続 |
つまり、Composable ERPは「変化に応じてシステムを“組み替える”ことが前提のERP」であり、Gartnerも2020年以降、「企業のIT戦略における重要トレンド」として位置付けています。
■ なぜ今、Composable ERPが求められるのか?
1.ビジネスの変化スピードが急激に上昇
市場やルールの変化に即応できる業務システムが不可欠。
2.DX推進による“内製化・自立化”の加速
システムを自社で管理・改善できる柔軟性が求められる。
3.API経済の広がり
SaaSやクラウドサービスをAPIで接続し、「ベスト・オブ・ブリード」構成が可能に。
4.カスタマイズ地獄からの脱却
モノリシックなERPにありがちな「重い改修・高コスト・長納期」の問題を解消。
■ 構成可能ERPの主な構成要素
Composable ERPは、以下のようなマイクロサービス的な構成が基本です。
・コアモジュール:財務会計、販売管理、在庫管理などの中心機能
・周辺アプリ:CRM、HRM、BIツール、需要予測、品質管理などを外部SaaS等と連携
・データハブ/APIゲートウェイ:各モジュール間のデータ流通・整合性を確保
・ユーザーインターフェース層:業務ごとにカスタマイズ可能なUI/ポータル
これにより、必要な機能だけを選んで、組み替えたり、拡張したりできる構成が実現します。
■ 想定される活用シナリオ
活用例 | 説明 |
急成長する新規事業部門の立ち上げ | 従来ERPに依存せず、軽量モジュールでスピーディに構築 |
グローバル拠点との連携 | 現地要件に応じてモジュールを選択し、統一性と柔軟性を両立 |
業務プロセス改善 | プロセスマイニングで可視化 → モジュールの組み替えで改善 |
データドリブン経営の強化 | ERP内外のデータをBIツールと連携し、分析環境を高速展開 |
■ 国産ERPベンダーの動き
日本でも、以下のような “Composable志向”の製品や動きが加速しています。
・PRONES:DBを公開し他社ERP連携も可能 業種テンプレートも多数あり
https://www.fujitsu.com/jp/group/fjj/services/industry/manufacture/
・mcframe:MESやIoTと柔軟に連携できるモジュラー構成
https://www.mcframe.com/
・GRANDIT(グランディット):業種別テンプレートを元に構成要素を選べる柔軟設計
https://www.grandit.jp/
Composable ERPは、急速に変化する時代において、“変化に強い業務基盤”をつくるための最適解です。
「すべてを一つの製品で完結する」のではなく、「最適なものを、必要なときに、最適な形で組み合わせる」──これが、今後の業務システムの新常識になるでしょう。
5.サステナビリティとESG対応の強化
持続可能性(サステナビリティ)とESG(環境・社会・ガバナンス)への対応は、今や上場企業だけでなく、中堅・中小企業にとっても避けては通れない重要テーマです。
企業の社会的責任が問われる中、ERPシステムもサステナビリティやESG(環境・社会・ガバナンス)対応を支援する機能が求められています。
ESGは、「収益性」だけでなく「持続可能性」を評価軸とする考え方です。ESG経営に対応するには、経営情報の見える化・実行の仕組み化・継続的な改善が不可欠。まさにこれらを支えるのがERPです。
■ ESG課題へのERPの役割
ESG項目 | ERPが果たす役割 |
E(環境) | CO₂排出量の可視化、エネルギー使用量の管理、サプライチェーン全体の環境負荷分析 |
S(社会) | 労務管理の適正化、多様性や人権への対応、サプライヤー監査情報の一元管理 |
G(ガバナンス) | 内部統制、業務プロセスの監査履歴管理、コンプライアンス強化 |
つまり、ERPは単なる業務効率化ツールではなく、ESG経営の“インフラ”となる存在に進化しています。
■ ESGに対応するERP活用の具体例
環境(Environment)領域での活用
・CO₂排出量のトラッキングと報告
製造・物流プロセスのデータから排出量を自動算出し、GHGプロトコルやTCFD対応報告書に活用。
・グリーン調達の管理
環境認証(RoHS、REACH等)を持つ部品のみを調達対象とする制御ルールをERPで構築。
・エネルギー使用量の最適化
電力使用量・燃料消費データをMESやIoTと連携し、原価や製造効率との関係を見える化。
社会(Social)領域での活用
・労働時間・安全管理の強化
ERP内の勤怠・人事データと連携し、過重労働や健康リスクを検出、アラート通知を実装。
・多様性・人材マネジメントの可視化
性別・年齢・キャリアパスなど多様性データを分析し、DE&I(多様性・公平性・包摂性)対応を促進。
・サプライヤーCSR情報の一元管理
サプライヤー評価にCSR・倫理・人権項目を追加し、調達先の社会的リスクをスコアリング。
ガバナンス(Governance)領域での活用
・監査証跡の自動記録
承認履歴、変更ログをERPが自動保存し、監査対応やJ-SOX法への対応を支援。
・ポリシー違反の検知
購買・経費申請などにおけるルール逸脱を自動検出し、アラートや是正ワークフローを起動。
・ESG関連KPIのBIレポート化
ERPデータをBIツールと連携し、ESGパフォーマンスの可視化を自動化・リアルタイム化。
■ 今後の展望とERPへの期待
今後は、ESGデータ開示の法制化(例:ISSB基準、CSRDなど)も進む中で、ERPが“サステナビリティ・レポーティング基盤”としての役割を果たすことが期待されます。
また、AIやIoTとの連携により、予測型のESG管理(予防保全、リスク検知)への進化も始まっています。
企業は、単に業務を効率化するだけでなく、「社会とともに持続する経営」を実現するために、ERPを再定義する時期に来ています。
6.まとめ
2025年の生産管理系ERPは、クラウド化、AI統合、ハイパーオートメーション、構成可能性、サステナビリティ対応といった多方面で進化を遂げています。 これらのトレンドを踏まえ、自社の業務プロセスや経営戦略に最適なERPシステムの導入・活用を検討することが、今後の競争力強化につながるでしょう。